毛利元就(1497〜1571)像 天正十九年(1591年作) 毛利博物館所蔵

一国人から中国地方を制した典型的な戦国大名の一人
晩年、三人の息子に一致協力するよう諭したという「三本の矢」の教えは有名。


死後20年を経て描かれた最晩年の元就の像。
デザイン的には直垂とほぼ同じだが、それに紋を配したのを大紋と称して区別した。
紋は像で見える処で8個(上4・下4)だが、背紋も加えて計9個配していた。
(直垂系の大紋は白腰の為、腰板は無紋)

紋は毛利家を代表する「一文字に三ツ星」だが、それに丸をつけて さらに三つ盛をしている。
三本の矢と言うだけあって、三にこだわったわけではないと思うが、現代の紋に比べると随分と派手である。

中に着ている小袖は、衿元しか見えないが、締切の段染。
当時は、斬新な横段文様が流行していた。

この像をよく見ればわかるが、元就は「あぐら」である。
当時は、現代で言う正座ではなく、これが正式な座り方であった。

小袖絵巻