カルサン袴


Calcao





南蛮船 狩野内膳画 神戸市立博物館収蔵

時は戦国(室町後期)
ポルトガルの宣教師 フランシスコ・ザビエルは、はるか東洋の未知の島国へ
キリスト教の布教に命をかけて、やってきました。
以降、日本人は、西洋の異文化と直接触れる事になります。



織田信長 狩野元秀画 長興寺収蔵

天正期(1573)に入り、
畿内をほぼ制圧し、天下布武をめざしていた信長は、
「鉄砲」という新兵器目当てもあってか
キリスト教の布教を許し、南蛮交易を積極的に奨励します。



CAPA カルサン姿のポルトガル人 南蛮屏風 神戸市立博物館

彼らは、京都にも団体で訪れるようになり
公家も武士も町人も物珍しさに見物していたようです。



ポルトガル商人の行列 洛中洛外図 個人蔵 二条城

昔より、日本人は舶来物に弱いのか、それとも好奇心が強いのか、
当時の京洛にいた人びとは、

アレ・・おもろいなぁ
(関西弁)

と、南蛮風俗やファッションを取り入れ、畿内を中心に流行します。



南蛮ファッションを真似た日本人 洛中洛外図 神戸市立博物館収蔵

流行といっても、洋服をそのまま着たのではありません。
着物と洋服を見事に混ぜ合わせて別の新しいファッションを作りました。

日本人の柔軟な応用力には、
後に「日本史」「日欧文化比較論」を著した宣教師ルイス・フロイス
呆れ、そして舌を巻きました。


南蛮ファッションから、日本語化したもののが結構あります。
JIBAO(=襦袢) CAPA(=合羽)などと共に、
南方型ズボンであるcalcao(カルサン)もその一つです。

     
 神戸市立博物館  南蛮文化館  宮内庁三の丸尚蔵館
 
南蛮屏風におけるポルトガルのカピタン・モール(司令官)

絵画によって、司令官の出で立ちは微妙に違いますが
ゆったりした空気を含んだようなズボンをカルサンと呼んでいました。

しかし、実はこれは、当時のヨーロッパ人の衣装でありませんでした。
彼らが途中で寄港してきたアラブ(イスラーム圏)の伝統衣装だったのです。



16世紀 オスマントルコの民族衣装



同じ頃のヨーロッパの紳士

来日西洋人の絵には商人たちがつけていた
CAPA(マント)や襞衿はあるもの、
カルサンはまさにトルコの衣装と言うのがわかります。

それは、三角貿易で西アジアの生地を日本に売るというのもあったでしょうけど
やはり、経由したアジアと本国・ヨーロッパの気候の差が
彼らに、肌と布の空間をかける衣服を着かせた理由のような気がします。
アジアモンスーン気候は、洋服では合わないのです。

それが故、この空気を含んだズボン・カルサンは
高温多湿の気候に住む日本人にも違和感なく受け入れました。

   

洛中洛外図(舟木本) 慶長期(1596-1615) 岩佐又兵衛・工房 東京国立博物館所蔵

全くの場所に描かれている武士だが、胴服(十徳)小袖の出で立ちはそっくり。
カルサン袴も色は違うが模様は同じ。

右の画像は 六条三筋町(遊里)で遊女に抱き付いているの図
これは、特定の人を描いているかもしれない。一体誰でしょう?




豊臣秀吉 醍醐寺花見屏風 慶長3年(1598) 国立歴史民俗博物館所蔵

上の御仁は、誰でいつ何をしたかのかは、ハッキリしています。
慶長3年は、この絵が出来た時でなく、秀吉が盛大な花見を行った年です。
この年に秀吉はこの世を去っているので、まさに最後の花を咲けせたと言えるでしょう。

この時のカルサン袴は南蛮文化館のカピタンモールのにそっくりです。
秀吉も信長同様 南蛮文化を受け入れました。



徳川家康所有 カルサン袴

このゆったりとしたデザインは、
衣冠直衣狩衣の下につける指貫(括り袴)にも似ていますが、
もたつきが少ない機能性があり、家康はじめ多くの武将は注目しています。

特に、信長は、さらにカルサンと従来の袴と融合させ、
さらに動きやすいものを創作していました。

左が信長所有の袴 右は信長が上杉謙信に贈った同型の袴

気候風土に従った物つくりに準拠しながらも
よい物があれば、外来の物を積極的に取り入れようとしていたことが伺えます。

これこそが、「和魂洋才」ですね。

安土桃山は短い期間で終わりを迎えますが
自由な発想で満ちていた時代だったかもしれません。

それは
幕末・日本に訪れた「黒船」への偏狭なナショナリズム
いわゆる「攘夷思想」でもなく、
敗戦後の日本の欧米的価値観への180度転換でもなく
良い処だけを取った融合だったのです。



CAPA+KOSODE+カルサン袴

平成のカルサン袴

平成に生きる者として
戦国武将にならい、着物の機能性を再考しました。
毎日、着る着物としての袴では
馬乗り袴・行灯袴等々だと、あまりにも不便です。
第一、家で洗濯できません。



そこで、信長着用のズボン折衷改良袴と
秀吉・家康カルサン袴をたたき台にし、
現代の生活に対応できるように改良したのが、
このオリジナル「カルサン袴」です。



静止画像

江戸中期、日本語になった「軽衫袴=細袴」とは別物です。
また、戦前・戦中のモンペとも違います。
安土桃山時代のカルサン袴の復元でもありません。


カルサン袴の特徴

@ 自転車・バイクにも乗れる。
A 両サイドに隠しポケットがあって便利。
B 男性用には社会の窓がある。
C 洗濯機で洗える。
D 何より、動きやすい。走れます。

などなど・・

もちろん、KOSODEだけでなく、
通常着物でも対応できます。
夏はJIBAOを表着すると涼しい。



カルサン袴にはさまざま形式があり、
生地・形式・寸法などユーザーの仕様目的やお好みを
伺った上でオーダーで制作しております。

カルサン袴は、裾を狭くする CLOSE形式と
少し広げる OPEN形式などがあります。

また、着物を着て 走りたい 登山したい 自転車に乗りたいなどの
要望に応え、女性用のカルサン袴も作っています。




KOSODE+カルサン袴 CLOSE形式 man
生地 草木染木綿




動画
着物+カルサン袴 OPEN形式 man
生地 草木染木綿




着物+カルサン袴 CLOSE woman
生地 織物木綿




KOSODE+カルサン袴 OPEN woman
生地 織物木綿




KOSODE+カルサン袴 SEMIーOPEN 紐別色 woman
生地 織物木綿



CAPA+KOSODE+カルサン袴 CLOSE man
生地 木綿




KOSODE+カルサン袴 CLOSE man
生地 草木染木綿




KOSODE+カルサン袴 CLOSE 紐別色 man
生地 藍染縞 




胴服+着物3枚重ね+カルサン袴 CLOSE man
生地 草木染木綿




陽光繧繝KOSODE+カルサン袴 CLOSE woman
生地 草木染 木綿



カルサン袴のオーダー仕立代

基本価格
16,000円
生地代が別途必要です。


仕立に必要な身体データ
身長 ウエスト ヒップ
腰骨から床までの長さ


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些細な点でも結構ですのお尋ねください。


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