写されていた証



写真は時代の証人です。 


時は幕末。

写真の技術は、開国の流れと共に欧州より日本にもたされました。
しかし、この異国の業は、当時の日本人の理解を超えており
「魂が吸い取られる」「手が大きくなる」
などの迷信が根強くありました。



幕末の写真で手を袖の中に入れた写真が多いのは
そのような迷信のせいもあります。

偏見の中で、技術的にも手探りの中で日本で初めてプロの写真師となり、
その礎石をつくりあげたのが
関東の下岡蓮杖 長崎の上野彦馬です。

かの有名な坂本龍馬の写真は、彦馬が長崎で撮ったものです。



下はその上野彦馬の家族の写真です。
中央の男性が彦馬自身です。



明治初年撮影

写真師の家族と言えど、当時は一世一代の写真
それぞれが一張羅を着て、写真に収まった事と
推察してもおかしくありません。

どうです?
これを見て どう思いますか?

現代の美容師さんや写真師さんがこれを見たら

おそらく ダ〜〜と走っていって
シワをのばして、衿を合わすでしょうね。(笑)

それと、注目すべきは帯の位置です。
どうです?
低いでしょ?

下の写真も 上野彦馬の撮影です。



幕末撮影

幕府のオランダ通司 いわゆる通訳夫妻の写真です。

蘭学に通じ、当時のエリートとともいえる通司の顔にはその自信が満ちてます。
奥さんの顔が白いのは彦馬が白粉を塗ることによって
白黒のトーンを明瞭にさせようとする 幕末当時ならではの苦労の跡です。

なにしろ 転写する感度は、今とは比べ物になりません。
被写体もじ〜〜としてなくてはならないから、大変なのです。

さて、本題

奥さんの着物の打ち合わせをよく見て下さい。
どうです?

緩いでしょ?

シワ?
いいじゃないですか・・
着物は風呂敷と同様に本来、平面から包み込むもの。
洋服やバッグのように型にはめるものではありません。
風呂敷にシワがつくように、着物にシワがつくのは、自明の理なのです。
無理にひっぱってシワをなくす方が、
不条理だと思いませんか?

次に珍しい写真を紹介します。
明治に入り、欧米から多くの外交官や技術者たちが来日しました。
彼らは、日本人のように単身赴任はしません。
家族づれで、はるばる海を越えてやってきました。

時に、欧州ではパリで行われた万国博がきっかけで、
ジャポニズと言われるほど日本趣味が流行していました。

当然、来日した外国人たちにも、日本の文化は興味の的だったと思います。



明治18年か19年撮影

当時の西洋人が自分で着物を着れるわけはないと思いますが
この中央の婦人 実に、自然な感じが出ている。

明治の西洋人の着物記念撮影写真は他にも色々あるのですが
そのほとんどが、違和感の極みで、
「コスプレ大会」としかいいようがないのですが。
それを感じさせません。

これが、本来の着物の姿かもしれません。
外国の方に教えられた気がします。


古い写真は、着物のあるべき姿を雄弁に語ってくれています。

現代の着物のパラダイム
そして、この写真たち

皆さんはどう考えますか?

長い着物の歴史の中 現代の着方こそ 
普通じゃないかもしれません。

生きていた着物
KOSODE
KOSODEの魂

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写真は、甦る幕末(朝日新聞社) 上野彦馬歴史写真集成(渡辺出版)より